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にっき

朝起き。購入した加湿器付きのヒーターが届く。設置して試運転。販売サイトにあった口コミで駆動音が大きいことについて懸念していたが特に気にならない。良い買い物をした。
シャワーを浴び、準備をして外出。バスに乗ってイベント会場のライブハウスへ。楽屋がとても広く、ゆったりする。リハーサルを終えて、ギタリスト、ベーシストと近所へラーメンを食べに行く。戻る道すがらにあったディープな喫煙所で一服。
楽屋に戻り、ソファで午睡。オープン直前まで眠りこける。
フロアがほぼ埋まった状態でスタート。楽屋からの出入りができないほどだったため、メンバーとだらだら過ごす。
出番が来たのでステージに出る。完全に温まっており、気後れしそうになるが気合いで乗り切る。しんどさはあったものの、ここ最近で最も楽しいライブができたので良かった。終わってビールを飲む。
トリのバンドを袖から観賞。この編成では初めて観るが、学生時代に一度別のバンドで対バンしたことがあり、終わってそのことを伝えられて良かった。終盤は出演者全員でステージに上がりみんなで踊った。
終わって移動し、今回のバンドメンバーでプチ打ち上げ。大量の唐揚げを食べる。タクシーで相乗りして帰宅。いつもの立ち飲み屋に寄る。競馬で勝ったという飲み仲間に一杯奢ってもらう。道すがらに他の飲み仲間とも遭遇するが一人帰宅。
そのままベッドに転がって就寝。

にっき

早朝起き。シャワーを浴びる。定期圏内の駅へ向かう。
高速バスに乗り換え、国際空港に行く。ターミナル間を駅まで歩く。
急行に乗り目的地周辺駅へ。公園を通り抜けて博物館に行く。1階から屋上までを歩いてのち撤収しようとするも、地下階があることに気付き戻る。
終わってガード下の定食屋で遅い昼飯。アジフライを食べる。JR、バスを乗り継いで帰宅。ひと休みのつもりがぐっすり寝てしまう。
夜起き、おじやを作って食べる。コインランドリーに行き洗濯をする。コンビニに寄る。
シャワーを浴びる。スマートフォンでインターネットをする。

じゅうにんにっき


オフィスビルの住人が亡くなった。若年性のがんだったという。

働いているオフィスが入っている雑居ビルの高層階は一般の賃貸住宅なので、部屋着と思しき格好の方々とすれ違うことは多々ある。亡くなったのはそんな住人の一人だということだった。

今朝、一階にあるロビー兼自販機コーナーで一日の仕事に思いを巡らせていると、つなぎを着た引っ越し業者がわらわらとロビーに入ってきた。出入口からエレベーターまで手早くマットを敷き、緩衝材を張り付けていく。

引っ越し業者の名前に見覚えがなかったため、しばしぼんやりとつなぎ姿の彼らを観察していると、モップを持った掃除のおばちゃんが通りかかった。昨年入社してから、このおばちゃんとはよく話す。早朝から午前中までの勤務で、入居しているオフィスのゴミ捨てや掃除などをやってくれている。いつものように、おはようございます、と挨拶をすると、冒頭の話を聞かされた。

元々、脳に腫瘍ができて通院していた方だったらしい。家族はなく一人暮らしで、たまに親戚が様子を見に来ていた。今年に入って通院するべくこのロビーを通りかかった際に容体が急変して倒れてしまい、そのまま救急車で運ばれて逝去されたとのことだった。ああなるほど、と気が付いた。つなぎ姿の彼らは引っ越し業者ではなく、遺品の整理業者だった。

「まだお若くてねえ。お兄さんと同じくらいじゃないかねえ」

掃除のおばちゃんはいつものハキハキとした雰囲気とは真逆の悲壮感を漂わせながら言った。こういうときの年配の方は本当に悲しそうな顔をするなあと思った。それは残念でしたね、と応じた。

同じビルを使用しているとはいえ、階上の住人は軽く会釈で挨拶をかわす程度で、知人というわけではない。それでも、どこか不思議な連帯感はあったため、なんとなく自分もしんみりした。

オフィスに戻り、しばらくメールチェックや書類作成をこなし、道を挟んだところにある本社に書類を提出するべく、再びロビーを横切った。業者は路肩に停車した四トントラックとエレベーターを忙しなく行き来している。ロビーを出た玄関先の小さな広場には、亡くなった方のものだったのだろう家財道具や衣服・ゴミ袋などが一時的に置かれていた。

ざっと眺めて、この冷蔵庫や衣装ケースを使っていた人はもういないのだと、ふと思った。

リサイクルショップなどに出回り、別の誰かが使うということももちろん考えられるが、そういったことが言いたいのではない。なんとなくだが、そう思った。

自分は働いている場所という認識しかないのに、誰かにとっては家であるという事実に、なんだか価値観の逆転現象が起こって脳みそが軽く驚くような、そんな感覚を得た。

きんしゅにっき

酒が趣味を超えて生活に加わったのは、いつ頃からだったろう。

「帰りに居酒屋やバーに行く」「コンビニに寄って酒を買う」といった飲酒行為は、すっかり生活に根付いた。それなのに、というべきか、だからこそ、というべきか。禁酒をすることになった。その顛末を個人的な備忘録として以下に記しておく。


昨年の夏から数年ぶりに業務委託を脱し、サラリーマンとして仕事をしている。専門職に近いがこれまでの経験もいくらか適用できるし、何よりも土日祝はしっかり休みという職場だ。ホワイト、とまでは言えないまでも、少なからず「一般」に近づいたような感覚はある。文化的生活が危ぶまれるほどの危険水域から離れ、これから改めて頑張ってゆこうと思っていた。

しかし、やがて業務への甘い見積もりが次第に首を絞めるようになってきた。

業務委託やフリーランスの時期が長かったためか、仕事をしていないときは単純に「仕事をしていない状態」でしかないという認識がある。そこに「休暇」という認識が差し挟まることで、逆に時間の使い方がわからなくなってしまったのだった。プライベートと仕事、そのスイッチの切り替えの手法が見いだせず、飲酒という安易な行為に逃避してしまった。

仕事とプライベートの折り合いがつかない、というのはストレスを溜めてしまう要因として「あるある」であろうが、ことサラリーマン経験の浅い自分としては、まったく自覚できず、蓄積されるわずかなストレスに、ゆっくりと感覚が鈍っていった。

そういったことに加えて、会社内部や代理店やクライアントとのコネクションのパワーバランスに気を取られ、仕事が徐々に手につかなくなっていった。手足をがんじがらめにされているようで、どうしたらいいのかさえわからなくなった。やらなければならない書類仕事やとらなければいけない連絡などを前にして、今さらクッキークリッカーにハマる始末だった。

余暇の使い方が様変わりした点も大きいだろう。あれだけ時間を使っていたバンド活動はいったん終了し、帰宅後の掌編小説の執筆もしなくなった。クリエイティブに集中する行為の楽しさを忘れてしまった。忸怩たる思いを何らかのかたちで表現し昇華していたはずなのに、そういった「何か」や「誰か」を想像する気力さえ、いつの間にか失っていた。

自然、日頃の酒量が誰もがわかるほどあからさまに増えた。仕事が終わって(というか無理やり切り上げるかたちで)帰宅し、自宅近くにいくつかある知り合いの飲み屋に行き、とにかく飲んだ。常連客やマスターらにさすがに心配されていたものの、酔って暴れることも不必要に他の酔客の絡むこともその場で寝込んでしまうこともしないので、いわゆる迷惑な客にはならなかった(と思う)。もっとひどい酔客は確実にいるし思い当たるし、かけられる言葉も「ほどほどにしとけよ」程度のものだった。

その言葉に甘えるかたちで酒量は日に日に増していった。焼酎の五合瓶を一人で飲み切ったこともあったという(さすがにその日の記憶はない)。

仕事と生活とやりたいことと好きなこと、それらの切り替えがうまくいかずにストレスは増大して結果的に体調不良のマッチポンプ、酒と病のスパイラル。


そんなある日、真っ赤な鮮血が尻から放出された。

「ついにきたか」と自嘲に近い笑いをうっすら浮かべながら便器をぼうっと見下ろした。終焉の日が近いことへの期待感すら内包した弱い笑いは、なかなか口元から離れてくれなかった。

ふらふらと帰宅して翌朝。気を失いそうなほどの貧血に見舞われ、会社を休んだ。行動するたび頭の中が真っ白になり、一歩、二歩、歩いてはしゃがむという出産直前の妊婦を思わせる状態で、息を整えながらタクシーを呼び、なんとか近所の病院に行った。朦朧とする意識の中で点滴を打たれながら内視鏡検査を行い、十二指腸潰瘍と診断された。

そして自主的に、3週間禁酒した。

ここ十年以上、それだけの長きに渡って酒を飲まなかった期間はない。というかほとんど休肝日すらなかった。

とにかく、そんな生活を変えようと思った。ストレスの連鎖を断ち切るタイミングはここしかない。自戒しながら拳を握りしめ、歯を食いしばっていつもの酒場に背を向けて帰宅する日々が始まった。

血液検査の結果、血中内のヘモグロビン濃度は成人男性平均の半分以下にまで落ち込んでいた。そりゃ立てんはずやわ。処方された3種類の胃腸薬に加え、鉄剤を飲みながら治療に専念した。

禁酒となると「飲まない」だけでなく自然「行かない」「買わない」となり、日々の行動が根本から変化した。始めは断腸の思いだったものの、そういうもの、という認識になってからはむしろポイントカードのスタンプを貯めるような楽しさに変わっていった。

さらに、心を折らずに済んだのは、ネットフリックスの存在も大きい。全5シーズンある海外ドラマの名作「ブレイキング・バッド」をほとんど一気に観た。

これが非常に良かった。ドラマ観賞に集中力が研ぎ澄まされることで酒を禁じているストレスを感じずに済んだのだ。それだけよくできたドラマだったということもあるが、何しろ内容が、金欠でドラッグ制作に手を染めてしまった余命僅かの中年研究者と、彼の教え子で落ちこぼれのチンピラの話だったのだ。「どうしてそこで止められなかったのか」と思わずにはいられないシーンが頻繁に描かれ、転がるように悪の道を堕ちてゆく二人が痛ましくも面白く、二人への共感が視聴の強いモチベーションとなっていた。自分はウォルターやジェシーとは違う。必ず這い上がってみせる。

そして迎えた先日の再検査。判定は見事なものだった。ぽっかりと広がっていた傷口はほとんど癒えており、飲酒についても「ほどほどにであれば」という条件付きで解禁の運びとなった。

仕事のストレスは相変わらず続いているものの、腹部の不快感がないというのはここまで人をポジティブにさせるのかというほどに、これまでお世話になった方々などに会おうという気になっている。行動が人生を撹拌している実感もある。

「会いたい人にはできるだけ会いたい」という、その気持ちが、今という時間をまっすぐに律している。

静かに未来へと延びてゆく終わりなき道の連れ、柔らかく寄り添ってくれる存在らと一緒に楽しむことこそが飲酒行為であり、自分にとっての酒の在り様だ。そのように定義し直した。浴びるように飲むことで、道がわからなくなってはいけない。

そう、禁酒を通じて認識を改めることができた。

今後も健康には気をつけようと思う。たまには誰かと酒を酌み交わしながら。

にっき

地震で早朝起き。エアコンを付けているにも関わらず寝苦しく、しばし眠れなくなる。明るくなってきた頃にようやく二度寝。
朝起き。麦茶をがぶ飲みする。着替えて出社。連休初日に発覚したミスのせいで非常に気が重い。満員電車に乗る。こういう日に限って運行状況が悪く、少し遅れて出社。
上長に諸々の報告。すぐに経緯説明の会議が開かれるというので時系列に整理した説明文をしたためる。
多大な迷惑をおかけした編プロのディレクターが来社。重苦しい雰囲気の中、完全に目を合わせてもらえず、上長がとりなす。個人プレーが暗黙の了解で推奨されている社風ということもあり、また自分で抱え込む悪い癖のせいで仕事の振り方がわからないまま、多くの業務を停滞させてしまったことが原因であるということになる。そのほか言い訳は多数思いつくものの、うまく仕事ができないという事実は受け入れなければなるまい。
企画会議にスライドしつつ正午過ぎまで打ち合わせ。近所の鶏料理屋で遅い昼飯。唐揚げ定食を食べる。
会社に戻って各種書類の作成のほか、進捗の報告をする。仕事の見直しを行う。
退社。地下鉄を乗り継いでライブハウスへ。飲み放題のセッションイベントに参加する。それぞれ音楽で活躍する名プレイヤー揃いであり、かなり肩身の狭い雰囲気になるかと思いきや、友人・知人も多く和気藹々と楽しめた。自分の番は主催のドラマーのほか、自分、そしてもう一人がサンプラーというオールリズム隊で面白い演奏ができた。そのまま打ち上げ風の飲み会に。地下鉄を乗り継ぎ終電で帰宅。テレビを少し観る。

にっき

二日酔いで朝起き。昨夜の長文メールに頭も身体も重い。さりとて校了日であるため仕事には行かねばならない。コンタクトもつけずに出社。
原稿のやりとり。クライアントのチェック戻しが翌日になるとの代理店からの電話連絡にさらに絶望的な気持ちになる。なんとか印刷所と交渉して翌日午前中まで入稿〆切を伸ばす。昼は近くで買ってきた弁当を食べる。
夕方ごろ最終修正チェック中にクライアントから戻しをいただく。少しホッとして編プロへ連絡。夜に生データをもらい、こちらも入稿を済ませる。いつの間にかオフィスに一人になっている。なんとなくぼうっとする。
退社。近所の中華料理屋へ寄る。ウィンブルドンテニスを観戦しながらよだれ鶏など食べる。ハイボールを飲む。
食べ終えて帰宅途中、踵を返していつもの立ち飲み屋へ。店の前で友人らと合流。仕事の愚痴などをこぼす。少し飲んで、友人を自宅まで送る。
コンビニに寄り、二本セットのチューブ型アイスを買う。切り離して一本を吸いながら帰る。公園でしばしぼうっとする。帰宅。水を飲み、ベッドに転がる。

にっき

二日酔いで朝起き。前夜にモーニングコールをすると約束されていたのでベッドに転がり待ってみるが結局電話は鳴らず、まあいいかと歯を磨き、着替えて出社。出社途中にメッセージが来て少し笑う。
季刊誌の校了日翌日、こぼれたデータの修正など指示を出す。昼に食事に出るも、あまりの暑さに近所で済ますことにする。初めての料亭風の店へ。鯖の文化干しと肉吸いの定食を食べる。肉吸いが何なのかわからなかったが、関西風うどんのうどん抜きのことを指すらしいが、こちらの店のそれは里芋や油揚げ、豚肉などの入ったけんちん汁のようなものだった。量が多く、汗をかきかき食べる。
戻って、さらに校正作業。あまりに煩雑を極めていたため、ついに編プロがキレ始める。なんとか入稿データを整え、遅い時間に入稿する。へとへとに疲れて退社後、さらにメールが来たため近くの大学病院内にあるイートインスペースで作業。
いつもの立ち飲み屋に寄るも、編プロから抗議の長文メールが届き、テンションがダダ下がる。居合わせていた酔客の一人がデザイナーだったのでその場で愚痴を聞いてもらう。他の客にも慰めてもらう。
うまく酔えずに帰宅。水を飲み、ベッドに転がる。

にっき

昼起き。自主的に出社して仕事を、と思ったものの身体がまったく動かない。寝返りを何度も打つが起きる気力が湧かない。
さすがに脱水症状のような状態で口が開かなくなってきたので、ベッドから這い出る。キッチンスペースに置きっぱなしのペットボトルに直接口をつけて水を飲む。
そのままおすすめされた漫画を読むうち午睡。
夜にようやく起きてシャワーを浴びる。コインランドリーに行く。ひと段落して一人自転車で外出。特にあてもなくふらふらした後、一度だけ来たことのある豚骨ラーメン屋に入る。瓶ビールを飲みながらラーメンを食べる。昔はもっと美味しかったような気もする。
ホテル勤めの友人と交差点でばったり会う。せっかく久しぶりに会ったのでいつもの立ち飲み屋に行く。たわいもない話をしながら焼酎を飲む。飲むうち猛烈な下痢でしばしトイレにこもる。視界も暗くなってきたので水をがぶ飲みする。
深夜に二人で店を出て帰宅。身体が重く、ベッドに転がるとすぐに眠気が来たので、着の身着のままで就寝。

にっき

猛烈な二日酔いで朝起き。ポカリスエットをがぶ飲みする。歩いて最寄り駅へ。
少し遅れて出社。メール対応。諸々ぐずぐずに遅れており焦る。原稿をまとめる。
近所のチェーンカレー屋でチーズチキンカツカレーを食べる。チーズ要素が非常に薄く、どこか損をしたような気持になる。
会社に戻り、同僚の案件対応を手伝う。台割制作のほか広告原稿のやりとり。掲載する素材が届かず、待ちぼうける。隣の部署の編集長と二人きりで残ってしまい少し気まずい。落書きなどして待つも、結局届かず。
夜に帰宅。別の同僚の映像制作物でサウンドデザインをお願いしている友人と中華料理屋で食事をしながら打ち合わせ。終わっていつもの立ち飲み屋に寄る。常連客で同業者である女性の恋愛話を聞く。社内恋愛であるという。相談を受ける。家が近いため深夜の公園でも少し話す。
帰宅すると熱気。エアコンをつける。昨日アップデートしたOSによるものか、SNSアプリがすべて不調。該当のアプリのアップデートを確認し更新する。スマホをいじるうち就寝。

JUGEMテーマ:サラリーマン日記

にっきにっき

最近少し低迷している感じがあり、いかがなものかと考え「自己啓発」「仕事術」「ライフハック」「考え方」などといった全身が痒くなるようなワードを組み合わせてサイトを巡回していると「日記をつける」という手段が目に入った。

ある程度の長さのある文章でこのブログを更新するようになり、日常のメモとしてはやや過剰であるようにも思っていたところだったので、なるほど文章の長さよりも日々の繰り返し、定期的に日常を思い返すという行為が重要なのかもしれないと思うに至った。

以前のスタイルでよくあった「〜を食べる」などといった簡潔な一文でも、そこに付随する情報は自分にとって莫大なものになる。その一文によって、何を食べたか、それを食べるためにどう行動したのか、店だったのか家だったのかなどが思い出され、ひいてはどのような一日だったか、ということすらずるずると引っ張り出せる。少なくとも、書いているときにはその一日を反芻できているということになるはずだ。

少し、思い出して書いてみることにする。この一週間、昼に何を食べたか。

今日の昼は、会社が入っているビルの1Fにある中華料理屋で五目あんかけ焼きそばを食べた。暑かったので近場ですませた。デザートは寒天だった。

昨日の昼は会社近くにある初めてのラーメン屋で魚介つけ麺を食べた。打ち合わせが長引いたので遅めに昼食休憩に入ったら、いつもは混んでいる店がたまたま空いていたからだ。食後にスープ割を入れ過ぎてしまい薄い汁を少しだけすすった。床が油でぬるぬる滑った。

一昨日の昼はバンドメンバーの結婚式に赴くべく立ち寄った新幹線始発駅のチェーンハンバーガー屋でてりやきバーガーを食べた。裏メニューがどうのとあったが、申し訳程度にチーズが挟まれているだけの代物だった。

三日前の昼は食べていない。憧れのゲームデザイナーのトークイベントに参加した日だ。イベントからさらに移動してオリジナルTシャツの即売イベントにも行った。会場の近くで食べようと思ったが、半端な時間になってしまっていたため入る店を決められなかった。あっ、思い出した。せっかくだからと一駅移動して、以前の職場にほど近い居酒屋でおでんを食べたのだ。雨も降っていたので少し腹を温めたかったことも思い出した。そうだそうだ。あそこはアジフライも絶品なのだ。久しぶりに食べられて良かった。

四日前の昼は、覚えていない。金曜日。夕方からアイドルとアートディレクターの対談の取材があった日だ。仕事終わりで旧友バンドや最近知り合ったドラマーの方のバンドのライブに行った。久々に会えて嬉しかった。それはまあ良いとして、その日の昼ごはんだ。どうだろうか。会社の近くで食べたような気がする。どこで食べただろうか。タバコ屋の横にあるとんこつラーメン屋だっただろうか。いや、そこで食べたのはさらに前日ではないか? いや全く思い出せない。カレー屋かとんかつ屋か? それ以前に食べたかどうかも定かではない。全然だめだ。

その前日、六日前は病欠した。急に高熱が出て伏せっていた。そのさらに前日の夜、ワールドカップを飲み仲間たちと観て楽しんだのだが、寝て起きると高熱。二日酔いとは全く違う症状が出てしまっていた。よって何も食べていない。

七日前はいわずもがな、思い出せない。覚えていない。


……以上、一週間。

こうして思い出そうとしてみて、実感としてわかった。やはり様々な物事はエピソードで記憶しているのだ。印象や体験など、自分の行動に紐づけて覚えている。上記を参照するに、どう思ったか、なぜそれを食べたか、という部分がはっきりしていると、記憶に残っているようだ。

何を食べたか覚えていないということは、単純に、ふだん何も考えずに昼メシを食っている、ということに他ならない。休憩時間になってぼうっと外に出る、ふらりと店に入り、なんとなく腹を満たし、そしてまたぼうっと会社に戻っているのだろう。そりゃあ、そのような状態では、気持ちも低迷することだろうよ。なるほど、と納得がいった。どうして今この行動をしているのか、その理由がはっきりしない、もしくは行動を意識せずにいる、ということの気持ち悪さが目の前を暗くしていたのだ。

ということで、これからはなるべく意識して行動することにして、通常の「にっき」もなるべく書くようにしてみる。とにかく「忘れる」ということの前に、まず「覚えていない」という状況を打破しよう。自分にとって短文での「にっき」シリーズは備忘録であり、まさしく「忘れることに備える記録」であったのだ。


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