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サウナにっき

知人がサウナの本を出したので、サウナについて述べる。

人生が「楽」になる達人サウナ術


近年静かなブームとなっているという銭湯に加え、サウナもなかなかいろんな意味でアツいと聞く。「ととのう」という新興の専門用語が示すように、より趣味的というか、クラスタを形成するような方向でファンが増えてきているようだ。

かく言う自分はどうかというと、大学生時代は温泉街が近所にあったので、ホテルに併設されている温泉へ銭湯と同じような感覚で通っていた。今思えば学生やフリーターの分際でなんとも贅沢なことをしていたのだなあと思う。

その温泉にもサウナはあり、たまに入ってはいたものの、当時は「なんだか汗がいっぱい出るの気持ちいい」程度のもので、水風呂も何のためにあるのか今ひとつわかっていなかった。水風呂に少し足をつけてみて「いや無理でしょ」などと、こういうのに入りたがる人もいるのだなあ、といった程度に考えていた。

知人のトラックメイカーが近年ひどくハマっていることは本人の発言やSNSなどで知っていた。激推しの様子から改めて興味がわき、様々なブログ記事で調べるなどして、水風呂の使用方法も知った。

ではその入り方を試してみようぞと、ほぼ幽霊会員となっているスポーツジムへ行き、併設されているサウナに入ってみた。

まずは10分。じっと修行僧のように耐えて出たのち、汗を流してすぐに水風呂へ。入る瞬間はものすごい形相になるものの、温まった肌に熱の膜ができるため、思ったよりも耐えられることを知った。むしろ次第に心地よくなってくるほどだ。数分ほど浸かって出て、小休憩を挟んでまたサウナへ。同じようなことを2〜3回ほど繰り返すと、なるほど、小休憩中に頭がクラ〜っとしてくる。

単純に「のぼせ」に近い症状だと思うが、それを意図的にサウナと水風呂の往復によって作り出すのだ。

個人的には、喫煙者にはおなじみの「ヤニクラ」にたいへん近い。タバコを久しぶりに吸うと頭がクラッとする、アレだ。血圧が急激に上がり、脳への血流が変化して云々ということで非常に身体に悪そうではあるが、このクラっと「落ちる」感覚は、なんとなく心地良いものだ。

サウナの場合、あのクラッと気持ちいい感じが、休憩している間わりと長時間続く。この状態を指して「ととのう」というのかどうかいまいちピンとこないが、確かに日常で合法的に味わえる心地の良い違和感ではあると思う。汗をかくことで汗腺の詰まりがとれたような感じもあるし、何よりけっこう体力を使うらしく、サウナに行った日はよく眠れる。

まあメリットのほうが多かろうということで、久々に飲んだ友人に最近サウナにちょっとハマってて、と話すと、「ええ!?」と驚かれた。

曰く「お前、血圧高いのに、サウナとか入ったらダメなんじゃないの?」

あっ、と思った。

確かに、二年ほど前に高血圧で鼻の奥の動脈が切れて、救急車のお世話になったことがあった。「熱いところから一気に冷たいところとかさ、血管にいいわけないじゃん」

盲点だった。

しかしながら「うまいものは身体に悪い」という考え方が崩れている昨今だ。何より「ストレスなく食べることが重要」という意見が重要視されるようになっているなかで、快楽に直結する物事を杓子定規に「身体に悪い」とするのもいかがなものか。

気持ち良いものは気持ち良く、なればこそ身体にも良いのだと考えることにして、またサウナも楽しもうと思う。

そう伝えると、友人は「お前、絶対に早死にするわ」と言った。

パンダにっき


「すごい人って思われないと売れないんだよね」

白泉社のウェブ漫画サイト「トーチweb」で『パンダ探偵社』を不定期連載している漫画家・澤江ポンプが、グループLINEでそう発言した。グループとは言っても、大学時代から今に至るまでたまに集まっては飲んでいる先輩後輩、自分を含めて三人しかいないプライベートな発言の場だ。大学非公認サークルでフリーペーパーを制作していたチームの、元メンバーのみが参加している。

『パンダ探偵社』第二話更新後、そのLINE上で読後の感想をやいのやいの飛ばし合っていたときだった。澤江がふと、冒頭の言葉をポンと放ってきた。

良い作品を作る、ということだけでは売れない。作品をどうプロモーションし、情報を拡散させ、知らない人に届けるか。その点に自覚的になったということだと解釈した。

なるほど、頷ける話ではある。クリエイターもセルフプロデュースの時代であるということは数年前から声高に叫ばれているし、これまでの澤江があまり力を入れていなかった部分でもあるように思う。それで最近はSNSで活発に発言したり短い漫画や制作途中のイラストなどをアップしたりしているのかと合点がいった。

「となりのヤングジャンプ」で連載されていた前作『悟りパパ』は(ほぼ)無名の新人・澤江ポンプのひとつのブレイクスルーとなったであろうものの、二巻分の話数はプールされたまま未だ発売されていない。話題性は充分にあった(少なくとも自分はそう思う)が、出版社の課した部数を上回るほどには売れなかったということらしい。その反省点から、前述したような宣伝活動を自らすすんで行うようになったのだと思われる。

ただ、よくある“作家”に注目させるやり方は、非常に難しいという実感がある。作家自身がインフルエンサーとなって、数ページの印象的なショートコミックをSNSで拡散させる、端的に言って「バズらせる」ことは昨今のSNSマーケティングの入口であろうが、そのように無料で享受できるコンテンツが魅力的であればあるほど今度は数の勝負になってくる。落書きの延長線上であるはずの小作品であっても精度の高さやクオリティだけでなく、供給速度も問われるのだ。

ニコニコ動画が全盛だった数年前ならいざしらず、これだけの情報量の大河の中で一度「バズった」くらいで売れるようなことは、もう基本的にないだろう。バズを継続させて「すごい作品」「すごい人」として認知されるに至るまで、強固なモチベーションと豊富な制作体力が不可欠になる。SNSを軸に据えるのは逆に不効率なのではないかと思う。


澤江の近作『パンダ探偵社』は、動物に変容してしまう「変身病」なる不治の病が蔓延する世界を舞台に、パンダ化しつつある半田と彼を雇っている探偵・竹林のコンビが、病を取り巻く諸問題に立ち向かうヒューマンドラマ作品だ。ギャグとシリアスの緩急を駆使して展開される独自性の強いドラマに、悲喜こもごもの複雑な感情が呼び起こされる。

変身病を発症した患者は多種多様な動物たちに姿を変えてゆく。それは人間としての自意識の消失であり死と同義であるように思えるが、作者・澤江はこの架空の病を通じ、果たしてそうだろうかと問いかける。「死んでなお記憶の中で生き続ける」という、使い古されながらもやはり美しいその表現に揺さぶりをかけてくる。自意識の喪失は死と同義なのか否か、ひいては「人間とは何か」という命題が作品の奥にぶら下がり、ほの暗く恐ろしい。いやいや「すごい人に思われる」その前に、作品そのものに充分きちんと「すごみ」あるやんけ、と思う。

個人的に「すごい作品を描くすごい人」は、第三者にキュレーションされるべきだと考えている。ウェブメディアのそれではなく、本来の意味のほうだ。誰かに補足され選択され、ある種の批評的な視点を付与されてのち放流されてこそ際立つ。付与されたきらりと光るそのタグのおかげで、これまでと段違いに人目につきやすくなる。

「好きなものを好きと発言しよう」といったSNS上の良識派が好んで使うスローガンとも合致する。「嫌い」というネガティブな言葉は単純にブラックホールなので人心を勝手に引き寄せる。それだけでなくゾンビのように感染し拡大する。そういった発言等には反射的に反応してしまいたくなる。

翻って「好き」は、いったん咀嚼する・再接続する必要がある。好きな誰かが何かを指して「好き」と言っているからといって単純に自分もそうとはならない。リテラシーを含む鑑賞者・消費者の背景など、もっと複雑な回路を経由して至るのが、ことSNSにおける「称賛」だ。そのぶん、丁寧に解きほぐされているはず、脊髄反射的に放たれた「嫌い」よりも、意見文としてより安心できる内容のはずだ。

その安心感こそ「すごい人」を醸成する肝なのではないかと考えている。

今やほとんどのSNS良識派は様々な物事に対して中立の立場をとっているし、もしくはSNS自体から離れてしまっているように感じる。頻繁に書き込んでいるユーザーも減り、数年前と比べると格段にSNSを発端とする炎上案件自体が少なくなった、もしくは規模が縮小化したように思う。

そういった流れの中で「これは!」と本気で思ったものだけが、SNSに放流される。称賛・紹介された作品や人物などには、安心して接することができる。様々な回路を通じてろ過された純粋な「好き」を持つ第三者によるものだからだ。キュレーションとは本来、そういうものだったはずだという思いも個人的には強くある。

そのためには、当たり前だが作品それ自体が強度を持っている必要が確実にある。半端なものは、もういらない。「オススメしやすい作品」という文脈すら突破して、素直に「マジでこれ面白いよ」と言える作品。安心して面白いと言える、言って良いのだと思える作品。

そういった作品はやはり「すごい」。すごい作品を描いているから「すごい人」と呼ばれる、思われる。これからもっと「すごい」と呼ばれるようになるであろう作家が知人であるという奇跡を、純粋に嬉しく感じている。充分すごいぞ澤江さん。

『パンダ探偵社』のコミックス第1巻は2018年12月27日に発売される。


『パンダ探偵社 1』

フェスにっき

誘われて夏フェスに行った。

最近ではもはや飽和した感も少なくない「夏フェス」。音源売り上げが苦境に立たされる中、音楽業界が“体験”を売る手法に切り替えてからは、いろんな地方で様々な切り口の夏の音楽イベントが増えている。イベントの増加に伴って元々あった魅力が薄れてきている印象はあるが、単に自分の年齢のせいだろう。野外、立ちっぱなし、大音量。かつて求めていたはずのそれらを楽しむ自信が、今ではすっかりなくなってしまった。

そんな思いの中、先日不意に同い年の異性の飲み友達から「夏フェス行かない?」と誘われた。友人曰く、以前からお世話になっているバンドが出演するのでゲスト枠を用意してもらったものの、一緒に行くはずだった友人が捕まらなかったのだという。それでこちらに話を振ってきたという流れだった。彼女は一人だったら行く気はないと言う。

それではわざわざ用意してもらったゲスト枠がもったいないし、同い年で独身の友人の、たっての希望とあっては無視できない。それに、誘われでもしない限り今後行くことはないような気がして、まあまあおじさんとまあまあおばさんの三十代ペアで、それじゃあ行ってみようじゃないかということになった。

場所を聞くと、お台場の海岸沿いのスペースだという。連続している猛暑のなか、三十半ばの男女が連れ立って行く場所としては少々難易度が高いスポットだ。タオルや着替え、日焼け止めのほかペットボトルの水を数本買いこみバッグに入れた。歩きやすいスニーカーと帽子ももちろん忘れない。

十年以上前から夏フェスを経験している自分たちが、準備のおぼつかない浮かれキッズたちに体力以外で負けるわけにはいかない。我々は無駄に年齢を重ねたわけではないことを知らしめてやろう――などと、よくわからないやる気を発揮して準備を整えた。


かくして颯爽と電車を乗り継いだ我々は、会場近くのゆりかもめ停車駅に降り立った。

会場は駅から歩いてすぐの埠頭にある広大な敷地だった。大きな倉庫も近く、海岸沿いにはそれと同じくらい巨大な輸送船が接岸し停泊していた。改札を出ると、そちら側からすでにわんわんと大音量で音楽が響いている。

会場外の関係者受付でゲスト用のリストバンドを受け取って、簡易なフェンスで仕切られた会場内に入った。

会場は、思ったより広くなかった。同規模のステージが左右に並んで組まれており、左側のステージでライブが行われている間に右側のステージで楽器をセッティングするといったような構成であるらしかった。多数の出演バンドをさばかなくてはならないことを考えると、非常に効率が良い手法だろう。

地面はアスファルトで熱々に熱されているが、メインの二ステージのほかは、会場を囲む物販や屋台、トイレと洗面スペース、日除け用のテント、大型トラックの荷台を使用した小規模ステージなどの施設全てが目視で確認できるほどの範囲にある。これまでに参加してきた夏フェスの中でも特にコンパクトであるため、ステージ間を歩き回る必要もなく思ったより快適に過ごせそうだった。

さっそく屋台で買ったビールで友人と乾杯し、炎天下の日差しの中でぐいっとほぼ一気に飲み干す。生ビールが良かったが、缶のシンハ―ビールだった。それでもよく冷えていたのでとても美味しかった。

酒を飲み飲み、しばらく散策した。とはいえ、基本的に会場内のどの場所にいても演奏は聞こえてくる。出演陣も、名前は聞いたことがある、もしくはレーベルのフェスで対バンしたことがある程度で目当てのバンドもほぼいなかったため、集中して聞くこともなく、友人と談笑してばかりいた。それでも流れ聞こえてくる演奏に「おっ」と思う瞬間は多々あり、談笑をやめてしばし耳を傾けるなどしては楽しんだ。

来場者は確かに若者が多かったものの、ステージ前で大はしゃぎするような輩はいなかった。ライブハウスが主催のフェスであるため、そのへんのリテラシーが高いということなのだろうか。来場者のほとんどは、目当てのバンドの演奏が終わると日除けのテントの下でゆっくりしたり、後方からステージを眺めたりなどしていた。

じりじりと熱い日差しがようやく傾きはじめたころ、今回ゲスト枠を用意してくれたバンドの出番になった。ステージ前に観客が次第に増えていくのを見て、隣の友人に、前に行こうよと声をかけた。

「ここでいい」

友人は言った。ステージまではまだかなり距離がある位置だ。演者の表情がぎりぎり見えるか見えないかといったところだったので、少し拍子抜けした。

「あんまり前に行くと恥ずかしいから」

そう続けて、はにかんで笑う友人の顔が、ぽっと赤らんだ、ような気がした。その様子をみてすぐにあることに思い当たったが、無粋なので追及するのはやめておいた。友人は演奏が始まっても、周りの他の観客のように拳を上げることも声をあげることもせず、ただステージの一点をじっと見つめていた。

傾いた夕日の紅い光が会場に降り注ぐ。友人の姿もシルエットになり、表情がわかりづらい。眩しさを避けるように、逆方向に顔を上げた。ステージの裏手、道を挟んでゆりかもめの高架が見える。銀色の車両が滑るように走り抜けてゆく。

演奏するバンドの姿を透かして、ふと気が付いた。走る車両の窓から、子供が数人、こちらに手を振っているのが見えた。保護者と思しき大人も二人、子供につられる様に手を振る。

そうか、あちらから見たらたくさんの人間が集まっているように見えるはずだ。それが面白くて手を振っているのだろう。

衝動的に、自分は手を振り返していた。ステージの後ろを走っていく車両に、子供らに向かって、大きく手を振った。ステージ上では少ししんみりした曲が演奏されていたので、観客はじっと聞き入っている。手を振る観客は自分だけだった。やがて車両は遠く、きらきらと赤い光を照り返しながらゆるやかにカーブして視界から消えた。

ゆりかもめの子供たちは気付くだろうか、気付いただろうか。振り返した自分の姿を、見つけてくれただろうか。夏フェスの喧騒に埋もれながらも、小さな君たちの手に振り返した存在がいたことを、わかってくれただろうか。

ようやく熱気のトゲがとれ始めた、ぬるい潮風が会場にそよぐ。届かない思いと、届いた思いや、その他さまざまなことを考えながら、バンドが最後の曲を演奏する様子を、ぼうっと見守った。このイベントに来られて良かったなと思った。

友達の彼女にっき

女性芸能人などに対して「友達の彼女っぽいな」と思うときがある。


曖昧な表現だし言外の意味を推し量って悪意があると断じる方もいるとは思うが、誹謗中傷するつもりは全くない。媒体越しにその女性を見て、ただ「友達が連れてそうな女性だな」という印象を受けるときがあるというだけだ。容姿についてだけのことでもなく、全体にまとったオーラのようなものについて、そのように感じさせる方がいるのだ。


個人的にその最たる存在だった声優の藤東知夏さんがご結婚されたとのこと。たいへんおめでたい。心から祝福を述べるが、もはや「友達の彼女」ではなく「友達の嫁」と呼ぶべき存在になってしまった。いや別に藤東さんという方の彼氏や旦那とは友達でも知人でもなんでもないのだからそもそも全く適当な表現ではないのだけれど、とにかく自ら率先して使用してきた表現の、ある種の終わりには違いないということで、この非常に甘美な感覚について述べておこうと思う。



友達の彼女、というのは独特の存在だ。成長するにつれて広がっていく交友関係の中でも最も距離感をはかりかねる関係性だと個人的には考えている。


「自分」「友達」「友達の彼女」という関係性は、十代の頃であれば学校内や部活動内など、もともと一緒に遊んだり趣味の活動をしたりする仲間同士から派生することが多かったはずだ。違うクラスの話したことのないあの子、であっても、結局は同じ学区内に住んでいるわけで、見かけたことはあったり共通の知り合いがいたりと、全くの他人というわけではなかっただろう。


そのパターンだと「友達の彼女感」を感じることはほとんどない。同級生やクラスメイト、部活仲間といった関係性の中から友達の彼女という存在に”名義”が変化しただけのことで劇的なことは何もなく、えっあいつと付き合うことになったん? えー良かったじゃん、といった程度で済ませられたはずだ。少しは意識することもあったろうが、取り立てて緊張したり気にしたりすることはなく学生生活は続いたことだろう。


これがほんの数年後。友達の彼女に「初めまして」と挨拶する機会が増えると、一気に話が違ってくる。これまでになかった「友達が自分の全く知らない女性と付き合うようになる」というパターンだ。


相互に友達であるという理解・認識があり気の置けない仲であるならば、どこかのタイミングでその彼女と知り合う場が設けられる。「友達の彼女感」の萌芽を観測できる絶好の機会だ(そういった場を提案されないまま、なんとなくで済まされている場合はそいつとは友達ではないので付き合い方を考え直したほうがいいかもしれない)。


たとえば、大学にほど近いいつもの焼き鳥屋。四人掛けのボックス席に友達と二人で向かい合って飲んでいるとき。「俺さ、前言ってたあの子と付き合い始めたんだけど、今日ここに来たいらしくて。今からいい?」などと友達がきわめていつも通りに、冷静な素振りを装って告げて来る。友達は所属している軽音サークルの中で一番仲が良い同級生だが、通う学科は異なっており、その学科のほうに気になる子がいる、ということで相談を受けたことはあった。もちろん自分は快諾する。


ややあって、友達の彼女が暖簾をくぐって店内に入ってくる。アルバイト先から直行してきた彼女はTシャツとジーンズというラフな格好だ。焼き台からもうもうと上がる煙の中でキョロキョロと店内を見渡して、店の奥で手を上げる友達に気付いて足早にやってくる。自然に友達の隣に座る。


「えーと、同じ学科の、藤東さん」


友達は本人を前にさすがに照れて口角を引きつらせながら、彼女を紹介してくれる。彼女は「あ、初めまして藤東ですー」と柔和な笑顔を浮かべて頭を下げてくる。束ねた髪が肩から滑り落ちる。


「はじめまして、同じサークルの……」


「知ってるー、しげるくん? だよね?」


自己紹介を遮っていきなりタメ口で、目を細めて微笑みかけてくる。優しく目尻を下げる。そうか、同級生だったか。だからいいのか。いやでも初対面でタメ口って。ていうか俺のこと知ってるってことはこの野郎、既に話してたんだな。どう説明したんだ。


などと考えるうち、なんとなく、ちょっとドキドキしてくる。


今までの友達との穏やかな関係性にはなかった新鮮な感覚とともに、少し歪な、形容しがたい感情が沸き起こる。


友達は手元のメニューを彼女に示しながら、何飲む? などと聞いている。いつもと少しだけ違う、よそ行きな友達の雰囲気が、その感情に拍車をかける。自分にはこれまで見せたことのない強張った横顔に、くすぐったいような、甘酸っぱいような、なんとも言えない複雑な気持ちになる。


盗み見るように、ドリンクを選ぶ友達の彼女を観察する。生ビール、瓶ビール、サワー類、とメニュー表に並ぶ文字を撫でる、友達の彼女の細い人差し指。露わになっている首筋からうなじへの曲線。リップが光る唇。そういえばバイトの後だというのに化粧は崩れておらず、もしかして直してきたのかな、などとぬるくなったビールに口をつけながら考える。



――おわかりいただけるだろうか。これが「友達の彼女感」の元となる「初めまして」のシチュエーションの例だ。おわかりいただけないだろうか。何となくでもいいので、察してもらえないだろうか。気持ちはわかるがそんなに引かないでいただけるだろうか。


友達との関係性に割り込まれたという感覚と、割り込んできたその当人に悪い印象がないという客観的事実。その板挟みの状態から「友達の彼女感」はスタートするのだ。


単純な容姿だけの問題ではない。超絶美人でも激ブスでも成立する。要するに友達がハブとして機能している関係性ということが重要なのだ。


ちなみに、今回の例のように「いきなりタメ口」などといったフックがあると友達の彼女感は今後なお強くなる。「スマホの画面がバッキバキ」「バイト先からもらった蟹を持参」「下ろし忘れて財布にお金がなく、去年行ったという留学先の10ユーロ札だけ入っている」など、フックには多彩なバリエーションがあるので、注意しておきたいポイントだ。



そして、ワンシーズンほど過ぎ、そこそこ友達の彼女とも打ち解けてきた頃。久しぶりに三人で飲もうか、などと軽いノリで居酒屋に集合することになり、友達の彼女は到着しているのに友達が遅れてくるパターン。このパターンこそ「友達の彼女感」を非常に色濃く体験できる機会だと捉えている。


「ごめん、しげるくん、あいつ遅れるから先に飲んでてだって」


携帯を眺めながら、友達の彼女が教えてくれる。※この「ごめん」というのも非常に良い。完全に友達の側に立っているからこその発言であり、男女の関係性の進展具合いが如実に表れている。


こちらは生ビールを、友達の彼女はレモンサワーか何かを頼み、乾杯して飲み始める。


「そういやさ、二人で飲むのって、なんだかんだ初めてだよね?」


頻繁に顔を合わせているものの、サークル仲間の飲み会やライブの打ち上げなど友達を含む多人数でのタイミングでしか会っていなかった。気まずい、というほどではないはずだが、なぜかお互い少し照れたように笑う。勝手に「友達の友達」くらいのポジションの感覚だった、あるいは、友達を介していなくても成立する関係だと認識していた。


そんなに話すことがないと気付き、自然と友達のことが共通の話題として上がってくる。


「前もあいつ遅刻してきたことあってさー。こないだの旅行んとき。ガチで寝坊してたとかで、予約してた新幹線もズラしたりしてさ。めっちゃ遅くに旅館に着いて。すっごい大変だったんだよねー」


そういった二人でいるときの失敗談や苦労話、別の友達同士でバカ騒ぎをしているときのことなど、その場にいない友達を中心に据えて話す。正直クソほどどうでもいい話だが、会話のテンポは不思議と心地良く、するすると酒が進んでいく。


ここまでくると「友達の彼女感」のボルテージも高止まりしている段階だ。これ以降は完全に好みの問題になるので、多くは語らない。友達の彼女が少しトーンを下げて恋愛相談を持ちかけてくる、逆に自分が持ちかけるなどのほか、過去の恋愛遍歴をそれとなく聞き出すのもいいだろう。遠慮することなく目いっぱい楽しんで欲しい。


やがて友達がごめんごめんと遅れてやってくる。友達をそっちのけで話すのはよろしくないので、「お前けっこう藤東さんの前だと甘えるらしいじゃん」程度のかわいいイジりで自然に会話の輪に加えて済まそう。


そして、ひとしきりワイワイと飲み食いしたあと、明日も一限あるしということでお開きになる。自転車を押しながら帰る友達と、その横でこちらに手を振ってくれる友達の彼女。


こちらも自転車を押して反対方向に歩道を歩く。自宅に着くか着かないかのところで、自分のスマホが鳴る。見ると、友達の彼女から新着メッセージ。


『今日はしげるくんといろいろ話せて楽しかった、ありがとう! またタイミング合ったら飲み行こ〜♪』


そして、ややあって、決めの一言。



『あ、あの話はあいつには秘密ってことで! おやすみ!』




――「友達の彼女感」という表現について、さすがにもうわかっていただけただろう。こういったエピソードや雰囲気、感情を想起させるような女性がいるのだ。特に、声優の藤東知夏さんに感じた印象の総意ではあるが、他の女性でも「ぽいな」と思うことはある。最近だと同じ声優の日岡なつみさんに似たものを感じているので注視したい。


また、最後に述べておくが、いわゆる「NTR=寝取られ」を推奨したいわけでは全くない。友達の彼女に性的興奮を覚える、というのは単なる特殊性癖であり、不倫など重大な問題に発展してしまう恐れさえある。そういった性的な趣味嗜好の話としてしか捉えられない狭量な考え方の持ち主には、共感いただかなくて結構だ。


終着駅のない曖昧な関係にこそ人間の愚かさや美しさが垣間見える。現実に有り得るかもしれない心の揺らぎ、倫理観とのせめぎ合いそのものが「友達の彼女感」のテーマであり、尊いものと考えているのだということを強調しておきたい。


思いのほか長文になってしまったのでそろそろ筆を置こう。人それぞれ、思い思いの「友達の彼女」像を胸に抱きながら美しい日々を生きていって欲しい。このたびはご結婚、誠におめでとうございます。

百合にっき

表情を変えずに持論をまくしたてる一見有能そうな市川実日子ふんするOLが、旧世代PCのせいでポンコツかわいい失態をしてしまうという筋書きの「VAIO S11 / S13」シリーズのCMがある。市川自身が演じた『シン・ゴジラ』の巨災対メンバー・尾頭ヒロミを彷彿とさせるキャラクターで話題になった。

昨秋、同製品の新ラインナップに合わせた新作CMが、ウェブを中心に公開された。早口でテキパキとしたデキる女性といった、前シリーズと同じような役どころの市川に加え、新作では後輩キャラクターが登場。新鮮な感覚で楽しめた。

ピンクのスーツをまとったゆるふわ系な後輩が、新VAIOを駆使して先輩を置いてけぼりにするほどのスマートさを発揮するという展開。市川が扮する先輩のポンコツかわいさはそのまま、天然ぽい無垢なさりげなさでサポートに徹する後輩のキャラクターも相まって、シチュエーションコメディのような面白さが増している。SNSに割り込んでくるPR系映像の中で、唯一嫌悪感なく観られたCMだ。ハマってしまい、繰り返して何度も観た。

後輩を演じているのは、好んで観賞していた戦隊もの特撮「烈車戦隊トッキュウジャー」に登場したトッキュウ5号・カグラ役の森高愛だ。顎と鼻のがっしりとした強さを相殺するほどのあどけないまん丸い目が印象的で、天真爛漫な役柄と非常によくマッチしていた。

しかし、どうしてこのCMがこんなに自分にハマったのか、さすがに森高愛だけでは語れないように思う。しばし考えてみると、どうやら「キャラクターの相関」という部分にくすぐられる部分があるようだ。

ここで、今回のCM映像における登場人物をざっくりと規定してみる。

A:一見しっかりした年上の女性だがポンコツ
B:一見ゆるふわ天然系の年下の女性だが有能

公開されているCM映像の全3作は、以下のような内容だ。

・カフェ/Wi-Fi編
カフェのオープンテラスでAが取引先と電話。向かいに座ったBはアイスを食べている。Wi-Fiが使えずメールが送れないと伝え電話を切るA。手早く戻り支度をしながら帰社を促すAに、Bが「もう送りましたけど」と告げる。驚いて固まるA。BのPCを見つめる。Bが「食べます?」とアイスを差し出す。

・空港/出張編
遅刻してきたBに小言を並べながら早足で歩くA。Bの荷物の少なさにも言及し、今後はPCを持ってくるよう注意すると、Bが「持ってますけど」と遮る。驚いて立ち止まるA。Bはそっと自分のバッグからPCを引っ張り出す。呆然とするAのアタッシュケースが突然開き、PCが転がり出て破損する。

・取引先/パスワード編
プレゼン中のAとB。取引先から映像資料を見せて欲しいと頼まれ、Aが快諾。軽快に自分のPCにパスワードを打ち込むが、入力エラーで起動しない。何度も試すがうまくいかず場の雰囲気が曇りはじめてすぐ、Bが自分のPCを素早く差し出し資料について説明する。Aはプレゼン終了後もひとり会議室に残り、PCのパスワードを試し続ける。


CM映像をその内容で考えてみると、Aは確かにちょっとしたヘマをしてしまうものの、結果的にはBのおかげでなんとか事なきを得ている。誰も(決定的には)不幸になっていない。バックグラウンドに、Bは実はAから彼氏を寝取っておりそのことをAも知っているという設定でもあればさすがに見え方は変わってしまうが、そこまでの怖い事情があるのかないのかわからない(たぶんない)。単にAの自尊心はちょっと傷ついたかもだけど、まあ良かったね、Aも新しいVAIO導入しとこうね、という見え方になっている。

そもそも、Aは自分の能力全般がBよりも秀でていると考えている節がある。そのため積極的にBに頼ることは決してしないし、だからこそクールで完璧な先輩女性が垣間見せる一瞬の表情には「降りてきてくれた」ような安心感がある。対照的に、Bは能力の優劣や立場などの上下関係に無頓着だ。丁寧語で接しているのでAについて目上の人だという認識は一応あるのかもしれないが、ことさらへりくだることも、また逆にAを疎ましく思っている素振りを見せるわけでもない。Aのことを時代遅れなどとバカにすることもしない。ともすれば人をイラつかせ嫌われ役になりかねないキャラ造形ながら、うまく回避して後味の良さにつながっている。

どちらも単体で充分に魅力的なのにどこかかみ合わない。端から見れば互いに良いパートナーであるはずなのに、なんだかもったいない。もどかしい。後味が良さとモヤりとしたものを同時に感じさせることで非常に印象に残りやすい仕掛けになっていると思う。

自らのポジションとキャラクターに固執してうまく立ち回れない先輩と、そういった彼女の振る舞いをあっけらかんと踏み越える後輩との「ズレ」。それをCMという短い尺の中で描き出した制作チームと演者の力である。お見事だと言わざるを得ない。

そして、この二人のキャラクターの関係性、相関を突き詰めていく途中でハッとした。これは、いわゆる「百合もの」として、たいへん優秀なカップリングになるのではないか。ひいては、未だに定義付けについて議論が交わされることの多い「百合もの」について、自分なりの最適解が導き出せるのではないか。

存外今回のエントリーが長くなったので今回はここで筆を置くことにするが、このCMを軸にして引き続き百合ものについて考えてみたいと思う。


JUGEMテーマ:トッキュウジャー

にっき

あけましておめでとうございます。

時節の挨拶ということで「おめでとう」を言わざるを得ないが、年明けから寝込んでしまっていたので全くおめでたくなかった。さらに今年は年男でもあるのだ。年神様の加護を受けやすく縁起が良いとされている年の初めからこの有様では、おめでとうという祝いの言葉がダダ滑りしているように感じたとしても何らおかしくはないだろう。

かくして三が日は基本的に寝込んだ。さすがに三日目にはそこそこ良くなっていたものの、もはや初詣も年始回りも放棄してずっとベッドかソファに横になってhuluで『ゴシップガール』と『魔法陣グルグル』を交互に観賞して過ごした。ほとんどふて寝だ。三十六を迎える年のその初めに、自分は何をやっているんだとたびたび思った。

『ゴシップガール』は言わずもがなの有名海外ドラマで、ニューヨークのセレブ男女が織りなす青春群像劇だ。話の展開もだいたい一話のラストにパーティーやらがあって次回に続く、というようなパターンが多く、観賞を続けるうちになんとなく「酒でも飲みてえな」という思いが積もっていった。

めでたいもめでたくないも関係なく「飲みたい」という欲求は自分にとって非常にプリミティブなものだし時節など関係ない。そうだ、飲みに行こう。

がばりと起きて着替え、マフラーを巻き、年明け間もない夜の街に繰り出すことにする。週に一、二回は通っている行きつけのスタンディングバーに向かった。

同じような深夜の時間帯に飲みに出ることはこれまでも多々あったが、いつもよりも歩行者は格段に少ない。その閑散とした夜道は、じゅくじゅくと萎びた心持ちの自分にとってはちょうどよかった。


年始のスタンディングバーも同じようで、店の外から眺めるステンレス製のL字カウンターに人影はまばらだった。かたちばかりの新年の挨拶をマスターに投げて、一人ビールをあおった。

だいたい常連客で構成されているはずの店内は珍しく知らない客ばかりだった。自分と同じくらいか少し上のようにも見える女性客がサングリアを片手にマスターと話していた。そのうちなんとなく場があたたまって、マスターが一人客同士を会話の輪に引き込んだ。ベージュのチェスターコートを羽織ってアップにした髪をお団子にまとめた女性は、立ち飲みバーに不釣り合いなほど身綺麗で、ほぼ部屋着の自分は少し気後れした。年始だし飲み屋がどこも開いてなくて、と女性は言った。店のことは知っていて気になっていたが初めて寄ったのだという。

どこか疲れたような、何かに飽きたような雰囲気をまといつつも絶えず笑みを浮かべながら、彼女は自分の話を聞いてくれた。年始に体調を崩した話、一人でずっとこの三が日を過ごしていた話など、たわいもない自虐ネタに「まああるよね」「そんなもんじゃん?」といった適当な相槌を打ってくれて心地よかった。

話題は先ほどまで家で観ていた『グルグル』の話に変わり(『懐かしい〜』などと言っていたので本当に自分と同世代なのだということがわかった)、子供の頃のアニメの話、それから世代感の話になった。そのあたりから自分も白ワインをグラス三杯ほど空けていたので記憶は曖昧だ。彼女もサングリアをもう一杯おかわりしていた。

この三日が日、寝正月で同じ生活を続けていたころに飽きて飲みに来たのだという話を拾って、彼女は持論を展開し始めた。「視点が、ふって変わる瞬間ってあるじゃない?」

少し話が飛躍したように感じ、自分は彼女の話に集中しようとグラスを置いてカウンターの上に腕組みをした。

「見る視点が昨日とは少し違うっていう感じ。今まであんなところにあんなのあったっけ、みたいに急にふっと気付くときって、ない?」

そういったことを聞かれた。うーんと思い出そうと宙を仰ぐ。

そういえば、ある。

以前住んでいた家の近所、マンションの屋上に突然、等身大の謎の人形が置かれ始めたことがある。しかし遡ってグーグルマップで確認すると自分が近所に引っ越してくる前からその人形は屋上にあったようなのだ。

気付かなかっただけで、実はそこにあった。どうして気付けなかったのか、どうして今になって気付けたのか、不思議っちゃ不思議かな。でもまあ、あるある。

ぼんやりとそう返した。彼女はうんうんと満足げに頷いた。

「そのタイミングで、世界線は少し変わってるんだと思うの」

先ほどと同じような笑顔のまま、彼女は言った。あれ『シュタインズ・ゲート』の話なんかしたかなと突然オカルトに移行した話題について一瞬ひるんだ。え、どういうこと?

彼女の言い分を精査する。新しい何かに気付くとき、自分の視点が新しくなったわけではない。そもそも世界が変化したのだ、ということらしい。

先ほどの自分の話に照らすと、近所の屋上の人形が「なかった」世界から「ある」世界に、知らず移動してきたのだということになる。

「そう考えると面白くない?」

彼女はそう言って笑った。馬鹿にされているような雰囲気もなく、年始からなんという話をしているんだ、とおかしくなって自分も笑ってしまった。「それでさ、」と彼女は話を続けた。「お酒を飲むと視点がコロコロ変わるでしょ?」

酔っぱらって世界が回っているような気がするでしょ。あれって実は……

笑ったまま、笑いながらこちらで話を継いだ。「お酒を飲むたびに世界線が変わってるってこと?」

「そう!」

彼女は人差し指を立てて身を乗り出した。あからさまに偉そうで得意げなその仕草に空気がはじけたようになって、その日一番笑った。というより、ゲラゲラと笑えたのは年が明けて初めてだった。

「だからね、世界線を変えたければ、お酒を飲むのが一番なの」

重ねて強調する彼女の言い分は、酔客の戯言の一種ではあるが酔った頭にすっと入ってきて、笑いながらも感心した。

そうやって一時間ほどは話していただろうか、閉店の時間になったので、互いに会計を済ませて、マスターに挨拶をして一緒に店を出た。もう深夜より早朝に近いくらいの時間帯で、酔った身体が一気にきゅっと縮こまるような寒さだった。「お家ってこのへんなんですか?」

少し名残惜しくて、去り際にそう聞いた。なんとなく曖昧に、そうこのへん、といった感じで濁されたが、また会えたら飲みましょう、と手を振った。


「世界線が変わらなかったらね」


そう返されて、やるなあと思った。笑って帰路についた。




ウィッチャーにっき


ウィッチャーにっき2回目。感想を述べる。


探していた女性と合流し、皇帝がおわす街まで向かうことになった。太目のおっさんは、もうその人を見つけたし俺かえるわまたね、と要塞に戻っていった。ありがとうよ戦友。

女性と轡を並べて進むうち、なんかヤバそうな人型アンデッドな敵が追ってくる。全力疾走するが、併走していたニルフガードの兵隊さんたちがボコボコやられて脱落していく。どうやら骸骨騎士っぽいこいつらが、サブタイトルになっている「ワイルドハント」であるらしい。ここでタイトル回収。えー早い。

橋を渡り終えるなり、女性が魔法で崩落させて追っ手をまく。またもや『ロード・オブ・ザ・リング』の黒の乗り手たちを彷彿とさせるシーンであった。みんなあれ好きなんだなと思えて嬉しくなる。難を逃れて入城、そしてまたおっさんのお風呂シーン。オープニングの風呂イメージがまだ残ってるうちにぶっこんで来るのはおそらく意図的なものであろうが、特に嬉しくない。皇帝に謁見するので半ばむりやり身なりを整えさせられる。

全裸の状態で操作可能になり、謁見用の正装を三種類の中から選ぶ。案内してくれるお付きの人に、お辞儀くらいできらぁ! とばかりに見様見真似。お城の中をうろうろしたのち、皇帝陛下と謁見。えっゲラルトおじさんと皇帝そもそも知人だったの? という感じで話が進むが、そういえばこれ「掘廚世辰燭覆筏い鼎。前回のエピソードがなんやかやとあるのだろう。そして、娘のシリラが〜などというので、ここでまた、ん? となる。会話が続くうち、あー! オープニングでかけっこしたあの子だと思い当たる。シリちゃん皇帝の娘だったのか、というか女の子だったのか。で、例の要塞を出て消息不明かなんからしいので、見つけろという。そりゃまだ小さいからね、パパ心配よね。

謁見を終えて、例の探してた女性――書いててようやく思い出した、イェネファーという名前だった――うねる黒髪とライダースーツのような身体にぴったりした服を着た魔法使いだった。何年かゲラルトとは会ってなかったぽいが気の置けない仲ではあるらしい。で、彼女に見せられたシリの現在の肖像画でびっくり。大人やーん。成長してるやーん。かけっこしてたあの子はどこへ、といった感じで時間の流れがいまいちわからなくなる。これだけ成長しているのであれば、単なるサブキャラクターではなく、戦友おっさんのような立ち位置で登場してくるのかもしれない。

その後、合流場所を指定したイェネファーはドクター・ストレンジ的な移動魔法でワープして退場。シリがいそうな場所もいくつかピックアップされたので、まずはそのへんから手がかりを探すことになりそうだ。城内をうろうろすると、世界地図を前にしたお役人が。今の世界情勢を教えてもらう。ピンとこなかったが地図を前に説明されるとなんとなくわかってきた。テメリアなどいくつかの小国家がある北方諸国に、南方からニルフガード帝国が攻め攻め上ってきているという状況のようだ。なんとなく北方から帝国が攻め下ってきている印象だったが、それは「ゲーム・オブ・スローンズ」の影響だろう。

土着的な北方諸国に対して近代的なニルフガード帝国という構図だが、ゲラルトはあくまで傭兵であり、国家とは違うレイヤーで暗躍する存在という点が、海外のゲームっぽい設定であるなあなどとしみじみ思う。

それならばと、これまでの民家などでは決してやらなかったが、城中の箱を開けまくってアイテムを集める。帝国の君たちとは存在するレイヤーが違うのだ。これくらいは見逃してもらおう。幸い「スカイリム」とは違い、盗んでも明確なペナルティにはならないようだ。

ざっくり盗みを働いてのち、シリ探しに向かうことにする。


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ウィッチャーにっき


『ウィッチャー ワイルドハント』を始めたので日記を書く。

以前から気になっていたPS4タイトルではあったが、ダウンロードコンテンツが同梱されたゲームオブザイヤーエディションが、PS Storeにて60%OFFで販売されていたためダウンロードした。もともとPS4を購入した際は『人喰いの大鷲トリコ』だけを狙い撃ちであったため、同ソフトのクリア後は他のソフトになかなか食指が動かず、最近ではゲーム機というよりもhulu専用機になってしまっていた。しかし、たまにはゲームもやりたいな、ということでこの機に購入してみたという流れだ。

始めてみて、ストーリーや小技などが独特かつ複雑で、覚えていられないことも多くありそうなのだったので、備忘録として書くことにした。

ちなみに、始める前のこのゲームについて知っていたことは下記だ。

・三人称視点のファンタジーオープンワールドアクションRPGである。
・総プレイ時間はゆうに100時間を超える大ボリューム。
・メインシナリオだけでなく、サブクエストも潤沢。かつハイクオリティ。
・ヒゲのおっさんが主人公である。
・すごい面白い。

ヒゲのおっさんがプレイヤーキャラとして固定だということ以外、以前すこし遊んだことのある『スカイリム』みたいなものかな? ということで経験者にたずねてみたところ「似てるけど、ぜんぜん違う」などとわけのわからないことをいう。

そういったニュアンスに首をかしげながら、ストーリーやゲームシステムなど何も知らない状態でとりあえず起動させてみた。

以下、覚えていることを書いてゆく。なお、名称などすべて印象で記述するため、間違いなどあった場合は随時訂正する。


オープニングムービーで、とりあえず帝国?がなんか侵攻してるでーということを声高にアジテートする宗教家っぽいジジイが、みんなで抵抗しようでーみたいなことを言う。タイトル画面に移行し、難易度設定などする。たぶんノーマルくらいだと思われる「ストーリー&バトル」を選択する。

場面が変わって、夜の合戦場。重要人物と思しき女性が兵隊に殺されそうになるも、使い魔のカラスや強力な土系の魔法を使って難を逃れる。彼女の足跡を追っているふうの、細身のヒゲのおっさんと太目のヒゲのおっさんの時間軸がザッピングされるかたちでしばしムービーが進行する。

そして不意におっさんのお風呂シーンへ。どうやらおっさんが住んでいる家のようだ。これは過去回想かな?とぼんやりしているうちに、操作可能になる。広大な要塞のような家をうろうろするうち、おっさんの名前がゲラルトであること、この場所が「ウィッチャー」と呼ばれる特殊な傭兵の養成所?みたいなところを兼ねているらしいということがわかる。シリという少年兵のような子とかけっこをしたり、古株と思しき太目のおっさんと稽古をしたりと、チュートリアルが進んでゆく。
×ボタンが決定、○ボタンがキャンセルという設定のため、なかなか操作が直感的に行えない(後日オプション設定から変更できることを知る)。また戦闘も魔法と剣術の併用を推奨されており難しい。このタイミングで何度も操作を試した。どうやらバリアのような魔法を自分にいったん張ってヒット&アウェイで戦うのが良いらしい。

チュートリアルを終えるとムービーシーンに。シリが稽古をしていた木人形の顔部分が剥げ、中から血まみれのシリ自身の顔が。ヒャッ!? となってすぐ、要塞の上空に空飛ぶ黒い帆船が突然現れ、ベルセルクの髑髏の騎士のような強キャラっぽいのが出てくる。ドヤ顔ドアップ。

そこで、眠っていたゲラルトが起床。女性を追跡するおっさん2人の野営地にシーンが移る。夢かー、みたいな感じ。起きてた太目のおっさん(チュートリアルで模擬戦してくれた人)と少し思い出話。2人で要塞から離れ、女性を探して旅をしていることがわかる。

朝になって初めての戦闘。「ロード・オブ・ザ・リング」のゴラムに似た化け物。突然の実戦にとまどい、うろうろしながら剣をブン振っているうちに倒す。女性からの呼び出しメール(手紙)にあった集合場所の村までおっさん2人、馬で向かう。途中で立ち寄った村、というか集落みたいのが、敵軍?の手によって焼き討ちにあっていた。馬を降りてうろうろする。村人みんなピリついている。そりゃそうか。

その村を越えて進むうち、グリフィンに襲われている商人みたいのを発見し助ける。お目当ての女性を、近くの焼き討ちにあっていない村で見た?とか言う。たしか。その村に向かって酒場で聞き込みをする。なんか気ぃ悪い兵隊みたいのがいる。彼らの話しぶりから、もともとはテメリア?という国だったところに、ニルフガード?という国がだいぶ侵攻してきている情勢がわかる。この村も占領されたらしい。世界地図をよく見ていないのでどう侵攻している・されているのかはわからない。

ほかにも聞き込んでいると、酔客の一人から、グウェントというカードバトルみたいのに誘われる。ルールがよくわからず、1ラウンド目で手札ぜんぶを突っ込みバカ負けする。ゲーム内ゲームというスタイルは個人的には、なんかあんまりハマれない。「FF宗廚離ードゲームも苦手だったことを思い出す。ゲーム酔客はなんも知らなかった。次いで、鏡のナントカとか名乗るうさんくさいハゲ商人にも聞いてみると、女性のことを知ってた。ニルフガードの駐屯地に行け、みたいな指示が出る。

指示に沿って進めるうち、次の目的地・人物が右上のミニマップに示される。進行状況が更新されるたびに「ハアッ!(ドン!)」みたいな効果音が出ておもしろい。

村をうろついてみる。村人みんなピリついている。そりゃそうか。お遣いクエスト受注の掲示板みたいのから、サブクエストをやってみることにする。困り顔の若いお父さんのところへ。近くの戦場から汚水が川に流れ込んでて愛娘がそれ飲んで瀕死、近くの井戸水を使いたいが悪霊がいて近づけないのでなんとかしてほしい、みたいな依頼。クエスト報酬の交渉、高額でもない高額をふっかけたらお父さん激おこ。ごめんごめん、とちょっとずつ下げて22円くらいで手打ちにする。そういえば通貨は金貨?銀貨? このへんもよくわからない。

ちょい離れた、廃れた集落へ。なんか遠目からでも井戸のまわりに、なんか白いのいるのわかるな〜やだな〜怖いな〜と逡巡しながらもボロボロのウェディングドレスっぽいの着た骸骨に向かってって剣ブン回し。悪霊だからか当たらない。ふっといなくなった隙に「ウィッチャーの感覚」という機能?スキル?を使いながら、集落をうろうろする。

手がかりを少しずつ見つけるうち、昔の領主となんやかやあって新婚夫婦の夫が殺されて、嫁は井戸で首吊って、成仏しきれず悪霊化、という哀しい事実が発覚。ざぶんと井戸に飛び込んで、夫が嫁に送ったブレスレットをサルベージ、引き揚げた嫁の亡骸と一緒に焼くと、悪霊が再び現れてここから本戦。モンスターに出会うと自動的に更新される魔物の書から弱点や有効な魔法を調べる。魔法陣みたいのを張って実体化させてボコボコに殴る。あ〜ごめんよ嫁。

脳筋除霊を終えて依頼主のもとへ戻ってサブクエスト完了。なんか哀しいので、お代はいらねえよって言ってみる。仕事に私情を挟めるのも歴戦の傭兵ならではの余裕であろう。

サブクエスト、受注→納品までもたもたやって30分くらいだったろうか。ただの討伐お遣いではなくエピソード仕立てなので、モチベーションが下がらない。え、サブクエぜんぶこのくらいの密度なの?大丈夫? という気持ちになる。

メインシナリオの進行に戻りニルフガード軍の駐屯地に向かう。女性はいなかった。なんかいけすかない軍幹部のおっさんとやりとり。グリフィン退治してくれたら情報教えるとのことで要求を呑むと、次のクエスト目標として、グリフィンの目撃情報の調査、グリフィンを呼び寄せる植物の調査というふたつを提示される。目標をこなす途中、道端で野犬に襲われて一、二回死ぬ。野犬つよい。ザコの概念がない。

途中、川沿いの家で嘆くおばあさんを発見。話を聞くと、フライパンを貸した男がこの家の中に入って出てこないなどと言う。たぶん死んでるから怖くて入れない、愛着のあるフライパンだったので取り返してほしいという珍妙な依頼。受けることにする。ドアにはカギがかかっていたので剣でぶっ壊して入る。たしかに死体があり、近くにはぴかぴかになったフライパンと、書きかけの手紙。なんと真相は、フライパンを貸した男はスパイで、フライパンにこびりついた炭を集めてインクを作って報告用の手紙を書こうとしていたところを、見つかって殺された、ということだった。すごい。このサブクエは15分くらいで終わった。

そして太目のおっさん傭兵とともにグリフィン退治。先だって提示されていた二つの目標は、霊薬?とかオイル?とか、怪物退治対策のためのチュートリアルを兼ねていたようだが、なんかよくわからなかったのでほぼ丸腰で立ち向かう。飛んでるところをクロスボウでいったん地上に落とし、何発か殴って回避、というルーチンをこなす。ほぼ逃げ回っているうち太目のおっさんが倒してくれた。ありがとうよ戦友。

倒したことをニルフガードの幹部に伝えて報酬をもらう。女性の情報ももらったんだったか。とりあえず村に戻って太目のおっさんと酒場で再度合流。征服されたテメリア軍の残党の襲撃を受け、酒場で大乱闘。と、ここで突然「クエスト失敗」と表示が出る。あーなんか安請け合いして後回しにしてたやつあったな。まあいいや全員殺す。あーあ、となりながら外に出ると、いた。女性。探してた黒髪の人。あっけねえ。でもニルフガード軍の人たちと一緒にいるぞ、いいんだっけ? などと考えているうち、皇帝が呼んでるので一緒に来いという。行くことにする。

ということで、ここまででプレイ時間は約4時間ほどか。グリフィンをボスだとしたら、一面クリアといったところだろうか。何面まであるのかわからないので、どの程度進んだのかもわからない。とりあえず、ゲラルトさん今のところクエストに関係しない化け物相手には激よわである。道端をうろうろしててワンダリングモンスターに遭遇したら即死ぬ。

レベル上げをせねばなるまい。サブクエストをこなして経験値と路銀をこまめに稼ぐ必要がある。しかし、モンスターを倒しただけでは金にはならず、死体からはぎ取った戦利品を売らなければならず、加えて(ここまで進めてやっとわかったが)装備は使うたびに消耗する。鍛冶屋に行くなどして修理しなければならない。食べ物で体力回復するのだが、お金がもったいないので薬草を調合して糊口をしのぐしかない。序盤だからか、かなりのジリ貧生活である。ゲラルトおじさんの旅は始まったばかりだ。


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ヒューゴー賞/ネビュラ賞 同時受賞作品


1966年 フランク・ハーバート 『デューン/砂の惑星』
デューン 砂の惑星〔新訳版〕 (上) (ハヤカワ文庫SF)


1970年 アーシュラ・K・ル=グウィン 『闇の左手』
闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))


1971年 ラリー・ニーヴン 『リングワールド』
リングワールド (ハヤカワ文庫 SF (616))


1973年 アイザック・アシモフ 『神々自身』
神々自身 (ハヤカワ文庫SF)


1975年 アーシュラ・K・ル=グウィン 『所有せざる人々』
所有せざる人々 (ハヤカワ文庫SF)


1976年 ジョー・ホールドマン 『終りなき戦い』
終りなき戦い (ハヤカワ文庫 SF (634))


1978年 フレデリック・ポール 『ゲイトウェイ』
ゲイトウエイ (ハヤカワ文庫SF)


1979年 ヴォンダ・N・マッキンタイア 『夢の蛇』
夢の蛇 (ハヤカワ文庫SF)


1980年 アーサー・C・クラーク 『楽園の泉』
楽園の泉


1984年 デイヴィッド・ブリン 『スタータイド・ライジング』
スタータイド・ライジング (上) (ハヤカワ文庫 SF (636))


1985年 ウィリアム・ギブスン 『ニューロマンサー』
ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)


1986年 オースン・スコット・カード 『エンダーのゲーム』
エンダーのゲーム〔新訳版〕(上)


1987年 オースン・スコット・カード 『死者の代弁者』
死者の代弁者〔新訳版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)


1993年 コニー・ウィリス 『ドゥームズデイ・ブック』
ドゥームズデイ・ブック(上)


1998年 ジョー・ホールドマン 『終わりなき平和』
終わりなき平和 (創元SF文庫)


2008年 マイケル・シェイボン 『ユダヤ警官同盟』
ユダヤ警官同盟〈上〉 (新潮文庫)


2010年 パオロ・バチガルピ 『ねじまき少女』
ねじまき少女(上)


2011年 コニー・ウィリス 『ブラックアウト』『オールクリア』
ブラックアウト

オール・クリア1


2012年 ジョー・ウォルトン 『図書室の魔法』
図書室の魔法 上 (創元SF文庫)


2014年 アン・レッキー 『叛逆航路』


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ドラクエにっき

ドラムパッドやペダルを自宅に並べ配線し、さていざ演奏配信と意気込んでパッドを叩くと隣人から激しい壁ドン攻撃を受けた。これに屈して黙りはしたものの、能動的に何かしら動きたい欲求はおさまらない。なんとなく、押入れにしまっているニューファミコンを引っ張り出しテレビに繋いだ。

大量に所持しているファミコンソフトから、もっさりと「F1レース」や「ゼビウス」などを遊ぶも、プレイ難易度と単純な反復作業に辟易。なにか別のソフトはないかと漁るうち、ふと「ドラゴンクエスト」が目にとまった。
そういえば知識ばかりで、この年齢まで一度もまともに、しかもいわゆる実機でプレイなど、したことがないなと思った。なるほど面白いタイミングである。

黒色のファミコンソフト。色あせたラベルにはドラゴンと対峙する勇者が描かれている。ファミコンに差込むも、なかなか正常な画面が映らない。何度か繰り返してようやく反応した。コントローラーを握りなおす。





王様の御前からスタート。竜王にさらわれたローラ姫を奪還するべく光の玉を見つけよという命令をぶしつけに与えられる。いまいち相関関係がわからない始まり方である。ゲームが始まってすぐアバンも何もなく与えられた文字情報、さらに平仮名のみの文字列であるため、ざらっと目が滑ってしまい、よく憶えていられなかった。完全に、ファミコンRPGのリズムや空気を忘れている。

などと、ゲームと自分の隔たりを感じつつ王との謁見を終えてもっとも驚いたのは、この部屋を出るための鍵がわざわざ宝箱に入れてあったことである。ぶら下がったバナナを前にお立ち台と棒を与えられたサルだ。勇者に対して失礼ではないのか。それでなくとも初対面であろうに、その態度はなんだ。

などと、いきり立ちつつラダトーム城を後にする。フィールドに出ると、すぐ近くに街のようなアイコンがあるので向かおうとする。道すがらスライムと遭遇したので戦って初勝利をおさめる。そこで、そういえば「レベル上げ」という行動をせねばならぬ伝統があるのだったと思い出し、そのへんをうろうろすることにする。遭遇したモンスターを取り急ぎボコボコにするためAボタン連打で「たたかう」を選んでぼんやりするも、しかしながら、赤いスライムであるところのスライムベスが思いのほか強く、瞬く間にHPが危なくなったので、とりあえず回復のため街に向かう。街に入って気づいたのが、ああここが城下町だったのか、ということ(別の街か何かだと思っていた)。城への行き来でこんなに魔物に遭遇すると、さすがに大変だなと住民の苦労に思いを馳せるなどした。

宿屋に泊まってHPを回復させたが、宿屋の主人から「ゆうべはよくお休みでしたね」的なことを言われ、いやちょっと待って、このおっさんはどうしてそんなことを知っているのか、もしかして勝手に部屋に入ってきたのか、とプライバシーについてを考えた。なんとなくの世間話と同等の発言なのかもしれないが、どこか引っかかる。



TRPG指南本ジャンルの名著である「ファンタジーRPGクイズ」の内容を思い出し、街の武器屋でもっとも良い防具「かわのたて」を買って勇んでレベル上げに戻るも、激しく後悔する。確かに勝てるが、よく考えたら武器がなく素手であるため、レベル上げの進行度合いが非常に遅い。じわじわとお金をためて「たけざお」を買う。ラダトーム城下の住民が、北に村か街があるというのでそちらへ向かうと、その前に洞窟を見つけたので入ってみるが、「SIREN」並に暗くて何も見えないのですぐに引き返す。

レベル上げを続け、4になったところで城下に戻ってふっかつのじゅもんを聞く。



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